ドイツの在宅緩和ケア OUTLINE
●重度別・三段階の在宅緩和ケア提供体制でしっかりサポート
●高度な在宅緩和ケアニーズに対応するAAPV
●さらに高度な在宅緩和医療ニーズに対応できるSAPV
●医療保険・介護保険でカバーできないニーズに対応する在宅ホスピス
ドイツの高齢者ケア・緩和ケアは「在宅」が基本。
それは多くのドイツ人が最期を病院や施設ではなく自宅で過ごしたいと考えていること、そして、望む場所で最期まで過ごせることが国民の権利として認められているからだ。
ここでは、在宅緩和ケアを支える4つの柱について、今回、視察させていただいた施設の状況も含めてご紹介したい。
6月11日の午後に訪問したのはカリタス連合会。ケルン市だけで80施設、1700人の職員を要する大規模な社会福祉法人だ。訪問看護・介護の他、入所型ホスピスやナーシングホーム、障害者や難民統合という分野にも取り組んでいる。
ここで訪問看護・介護部門を統括するソフィアさんから、カリタスが取り組むソーシャルステーションとAAPV(Allgemeine Ambulante Palliativversorgung:総合在宅緩和ケア)について話を聞いた。
(1)一般的な訪問看護・介護
カリタスはケルン市内に8か所の「ソーシャルステーション」を展開、250人の職員が働いている。
大部分は看護・介護の専門職。ステーションには複数のスタッフが常駐し、それぞれの担当地域に日中のケアを提供する。
ソーシャルステーションが提供するのは、看護、身体介護、認知症の在宅ケア、家事支援・日常生活支援、家族への研修・助言、緊急対応など。
私たちが訪問したカリタスのソーシャルステーションでは、シフトを2つに分けて、約30人の職員が勤務していた。
前半のシフトは7:00~13:30、後半のシフトは15:30~22:00、夜間対応はしないとは言え、深夜帯以外はほぼカバーされている。
これらのサービスは、介護保険によってカバーされ、主治医(GP)の指示書に基づいて実施される。
日本でいえば、[訪問看護ステーション]+[ヘルパーステーション]という感じだが、ケアマネはいない。トレーニングを積んだ看護介護職がコーディネータとして、ニーズに応じた必要なサービスを提案する。
介護保険の給付額は、日本と同じく5段階の要介護度に応じて。
日本と同様、専門職によるケアという現物支給に加えて、家族ケアに対する現金給付もある(こちらは専門職によるケアへの給付の約半額)。現物支給と現金給付を組みあわせることもできるが、このあたりの介護保険の仕組みについては別にまとめたい。
ただ、ケアマネがいない点を除けば、在宅ケアは日本の仕組みに非常によく似ている。
(2)AAPV(Allgemeine Ambulante Palliativversorgung:総合在宅緩和ケア)
ケルン市に展開する8か所のソーシャルステーションのうち、2か所においてAAPVを開始した。
これは、一般的な訪問看護・介護で対応できない在宅緩和ケアのニーズに対応するためのもの。専門的な知識とスキルを持った看護師・介護専門職が、緩和ケア専門医、家庭医、在宅ホスピス(ボランティア団体)などと連携しながら、より高度な在宅緩和ケアを提供する。
- 難治性、不可逆、予後の見通しが厳しい
- 有効な治療法がない、または患者が希望しない
- 家族の介護力、一般的な訪問看護・介護だけでは支援が不足する場合
主に、上記のようなケースをターゲットとし、ケア力の確保、生活の質の改善を通じて、その人らしい人生の最終段階の支援することを目的としている。
医師の指示(指示期間は最長28日間)に基づき、症状のコントロールや合併症に対するケア、医療処置(注射・輸液・創傷処置など)などを行う。
週に1回~週3回までの訪問が可能で、訪問一回あたり40ユーロが疾病金庫(医療保険)から支払われる。
なお、AAPVは在宅緩和ケアを目的としたサービスなので、利用にあたって自己負担はない。
AAPVには設置要件がある。
- 緩和ケアの専門的な知識を持つ家庭医と連携合意できていること
- 4人以上の追加的緩和ケア資格を持つ看護師・介護士
- 24時間対応(専門的職員が待機)
- 在宅ホスピスとの連携関係
- スピリチュアルケア・心理社会的ケアが提供できること
イメージとしては、在宅緩和ケアに特化した[機能強化型訪問看護ステーション]が、主治医から28日間の特別訪問看護指示書を受け取って仕事をする感じだろうか。
ちなみにAAPVは内部に医師の配置はなく、すべてそれぞれの主治医からの指示に基づいて仕事をする。
AAPVが24時間対応であるとともに、連携する医師たちも24時間対応が求められる。
(3)SAPV(Spezialisierte Ambulante Palliativversorgung:専門的訪問緩和ケア)
ケルン大学家庭医療部のDr.Thomas Joist(トーマス・ヨースト医師)から話を聞いた。
彼は、緩和ケアのサブスペシャリティを持つ家庭医療専門医であり、SAPV「ケルン・ライン川右岸地域チーム」(※以下右岸チーム)のリーダーでもある。
SAPVは、AAPVでも対応できない、より高度な在宅緩和ケアニーズに対応するために2012年に創設された。
チームには、緩和ケア専門医、緩和ケア専門看護師・介護士、そしてコーディネータ(地域ネットワークを担当)が所属する。そして地域の家庭医や、看護・介護事業者と密接に協働する。ヨースト医師のチームは、なんと497人もの家庭医と連携しているという。
SAPVが提供する主な在宅緩和ケアは以下の通り。
①迅速な症状(疼痛など)のコントロール
②家族への支援
③ACP(患者の希望、病院での治療希望範囲について把握)
④ホスピス団体との緊密な提携
⑤顔見知りの専門職員による24時間対応
⑥在宅での薬物療法・セラピー(緩和ケア領域においては薬剤投与には上限がない)
これらを多職種連携に基づいて行う。
日本の[機能強化型在宅療養支援診療所]、特に[在宅緩和ケア充実診療所加算]を算定しているチームがこれに近いのではないかと思う。
ただ日本の在支診とは違い、SAPVには配置基準がある。
人口25万人につき緩和ケア医4人,緩和ケア専門看護・介護職6人と法律で配置基準が定められている。
これはかなり充実していると思う。
例えば、人口約70万人の東京都足立区であれば、少なくとも12人の緩和ケア医と18人の緩和ケア専門看護師が、在宅緩和ケア(訪問診療+訪問看護)に従事するということになる。
日本の実際の充足率は、このドイツの基準の2割未満だろう。
ドイツにおけるこの潤沢な配置を可能としているのは、緩和医療専門医の増加。
2005年には緩和医療専門医はわずか101人だったが、2011年にはなんと6415人に! 現在も増加を続けている。
これは緩和ケア専門看護師においても同様の傾向にあるという。
ヨースト医師が率いるSAPV右岸チームは20人の緩和医療の追加資格を持つ専門医(家庭医・内科医・麻酔医) を擁し、外部の医師(緩和ケア専門医・家庭医)とも連携している。
看護・介護職は20人、全員が有資格者、緩和ケアの実地経験が2年以上あり、構造的緩和ケア専門教育(160時間)を受けている。
コーディネータは原則として看護師または介護職だが、医師が担当することもある。多職種からなるチームの調整、あらゆる関係者(患者・家族・疾病金庫・医師会など)に対する窓口として重要な役割を持つ。
SAPV右岸チームの担当範囲は175㎢(東西14㎞、南北25㎞)とかなり大きい。
この範囲に暮らす住民は50万人。ソフトウェアによるネットワークで情報共有をしながら、提携薬局による薬剤の配達、病院専門医・開業医・救急隊と連携している。
日中のチーム体制は医師3人・看護・介護専門職7人、コーディネータ2人。
常時60人、年間約1000人の患者に専門性の高い在宅緩和ケアを提供している。
ケルンでは毎年約5000人が亡くなるが、うち約20%にSAPV右岸チームが関与していることになる。
紹介患者の80%はがん。平均疾病数((ICD)は8.5。
平均年齢は72歳(2018年は18~102歳、中央値75歳)。
診療開始時の居住場所は70%が自宅(13%が独居、57%が家族同居)、老人ホームが14%、施設型ホスピスが16%。
平均関与期間は17日とのことだが、これも日本でのがん患者の在宅緩和ケアに近い。
そして関わった患者の64%は自宅で看取る。先に記載した通り、ヨースト医師のチームが稼働するようになって、ケルンの在宅死率は10%上昇した。
なお、14%の患者は状況が安定し家庭医のもとに戻れる。半年以上関わる患者も4%いるという。
ヨースト医師は、ドイツの在宅緩和ケアにおけるいくつかの課題を指摘した。
それはいずれも日本で私たちが感じているものと同じだった。
1つ目は人口構造・家族形態の変化。
高齢化の進行、独居の増加は、在宅緩和ケアを提供していく上で、これまで以上のエネルギー・コストを必要とする。
また、人口構造の変化は、疾病構造の変化をもたらす。がん以外に、脳神経疾患、循環器疾患の緩和ケアのニーズが大きくなりつつあり、がんの緩和ケアのみならず、これらにも十分対応できることが求められる。
2つ目は医療面の課題。
がん治療の進歩により、患者の治癒への希望が高まっている。
この希望が「医療の万能性」を信じることにつながり、死に向き合うことを拒絶する、人生の最終段階に入りつつあることを拒否する人が増えてきているという。
そして3つ目は人道上の課題。
緩和医療医は高齢者や治らない病気の人たちの安楽死への願いにどう対処していくべきか。
欧州では医師による安楽死についてさまざまな議論がある。ドイツで安楽死は認められていない。また最近、医師が自殺ほう助に関わるべきではないという裁判所の判断も下された。
ヨースト医師は「個人的には」、と前置きしたうえで、ほっとしている、と答えた。彼は、安楽死や自殺ほう助を認めると、歯止めが効かなくなることが怖い、と正直な気持ちを教えてくれた。
終末期鎮静についても、非常に慎重に対応しているという。1000人の患者に関わる中で、鎮静を実施するのは2~3人、いずれもチーム内で倫理審査を行い、話し合いを重ねてから実施するという。ホロコーストの歴史のある国だからなのか、非常に慎重に言葉を選んでいるように感じた。
「延命し、またその追加的日々を、より生き生きとしたものに」
彼は最後に、シシリー・ソンダースの言葉を引用し、今日、この言葉は科学的データに裏付けられているということ、そして「国民の幸せのために、SAPVの整備を進める理由はいくつもある」と締めくくった。
なお、SAPVも在宅緩和ケアを目的としたサービスなので、利用にあたって自己負担はない。
(4)在宅ホスピス(Amlulanter Hospizdienst)
在宅ホスピス、Amlulanter Hospizdienst im Kolner Norden(在宅ホスピス・ケルン北)の二人のコーディネータ、レジーナ(Regina Strahl)さん、ソーニャさん(Sonja Moller)から話を聞くことができた。
二人はいずれも高齢者ケアの領域で長く勉強してきた介護専門職。レジーナさんは神学を修め、ソーニャさんはSAPVでの仕事を経て、この仕事につくことになったのだという。
在宅ホスピスは、ボランティアによる本人・家族に対するサポートを指す。
主に、相談(日常の困りごとのみならず、リビングウィルや代理人についてなど)、人生の最終段階の支援(日常の生活の支援や付き添い)、グリーフケア(個別および集団)の3つがサービスの柱。
人口100万人のケルン市には、現在13の在宅ホスピス事業所があり、それぞれ特定の地域・領域を担当している。
彼女たちが働く「在宅ホスピス・ケルン北」が開設されたのは1995年。担当地区はケルン北部、約10万人の成人住民を対象としている(小児には専門の在宅ホスピスがある)。
ここで働くのは約30人のボランティア。
常勤職員はレジーナさん、ソーニャさんの二人(ワークシェアで常勤1人換算)で、ボランティアのコーディネートの他、新規の依頼や専門的な相談の業務、ボンラティアの教育や研修、フォローアップなどを行っている。
在宅ホスピスのボランティアは100時間の教育を受ける必要がある。教育を通じて、人生の最終段階の支援への適性を自ら判断してもらうとともに、死にゆく人たちの付き添うために必要な知識とスキルを身に着ける。
ボランティアに対しては、グループ研修や生涯教育(スーパービジョン)など、フォローアップの仕組みもある。そのためか、ここは長く働いているボランティアが多いのだという。
ボランティアが在宅で提供するサービスは非常に幅広い。
日常の作業を手助けする、傾聴する、写真の整理を手伝う、病気を忘れるための手伝いをする、退屈を中断する、家族のいないときに一緒にそばにいる、一緒に歌う、一緒に散歩する、子供や動物の世話をする、思い出の場所に一緒に行く、友人を自宅に招くための準備をする・・・・など。
単に「生かす」ためのケアではなく、その人が自分らしい人生を「生きる」ための支援であることがわかる。
その内容は日本の介護保険サービスでは提供できないものばかりだ。
在宅ホスピスの主たる利用者はがん患者(66%)、残りは慢性的な内科疾患や老年症候群が占める。
関与期間はさまざまで、数日で旅立つ人もいれば、年単位で関わる人もいる。
在宅ホスピスの利用も、自己負担はない。
サービスの提供にあたって、在宅ホスピス事業者は、疾病金庫から公的補助が得られる。事業所の開設には許可が必要だが、個別のサービスの提供には、特別な許可は必要ない。
また、人がいる限り、どこにでも訪問できる。自宅のみならず、施設でも病院でも刑務所、ホームレスのシェルターなどに行くこともある。被保険者でない場合には公的補助はないが、ホスピスの精神に基づき、依頼があれば支援しているという。