4月26日に入居者の感染が明らかになった札幌市の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」では5月16日までに入居者の6割を超える64人と職員21人、あわせて85人が感染。札幌市は感染者を入院させずに施設内でケアするよう求め、感染者は2階に集められ隔離されました。しかし、現在は1階の入居者や職員にも感染が拡大、本日までに11名が施設内で死亡しています。
感染が明らかになった4月の時点で施設の常勤看護師が全員退職、介護職も感染や出勤停止により離脱し、通常の半分以下のマンパワーで、普段よりも厳しい業務に従事せざるを得ない状況となりました。道外から支援に入った看護師たちも十分な申し送りや支援環境がない中で苦戦し、うち1名が新型コロナに感染しました。
これまでに介護福祉施設14か所で、20人を超える新型コロナの集団感染(アウトブレイク)が報告されています。施設内での集団感染は、職員の感染や退職によるケア力の低下、入居者の感染による医療介護依存度の上昇、加えて地域からの偏見や干渉など、施設運営を厳しい状況に追い込むことになります。しかし、多くの場合、施設内で疲弊した職員が感染した入居者をケアし続ければなりません。
集団感染を起こしやすい高齢者施設
高齢者施設は新型コロナの集団感染が起こりやすく、海外では多くの施設内死亡者が報告されています。そして、新型コロナ死が多ければ多いほど、高齢者施設での死亡者の割合も多くなる傾向が認められます。
4月26日に報告された「Mortality associated with COVID-19 outbreaks in care homes: early international evidence(高齢者施設におけるCOVID-19発生に伴う死亡率:初期の国際的エビデンス)」によれば、多くの国で死亡者の過半数が高齢者施設の入居者となっており、その割合はカナダでは70%以上、ノルウェーでも60%以上、フランスやベルギーでも50%を超えています。
高齢者施設は、多疾患で脆弱な高齢者が集住していること、ケアを通じて密な接触が発生することから、集団感染を起こしやすく、一度、施設にウイルスが持ち込まれてしまうと、あっという間に入居者や職員の多くに感染が拡がってしまいます。
多くの国や地域では、数十名の感染者を一度に入院させることができないこと、また積極的医療が希望されないことから、ほとんどの入居者が感染後も施設内でケアが継続されます。そして、一定の割合で(若年層よりもかなり高い確率で)死亡者が発生します。
施設運営者や職員にとって、そして連携する私たち在宅医にとっても想像もしたくない状況です。しかし、これは、いつどこで発生してもおかしくはありません。
新型コロナはインフルエンザよりも無症状の潜伏期間が長く(4日~13日)、感染が持ち込まれたことをリアルタイムに察知することが不可能です。無症状の職員や訪問者が外部からウイルスを持ち込み、一人の入居者または同僚に感染させれば、誰かが発症するまでの間に、どんどん感染が拡大します。一人の感染が明らかになった時には、すでに集団感染になっているのです。
施設運営者のやるべきことは、集団感染が起こらないよう祈ることではなく、感染持ち込み・拡大のリスクを最小化すること、集団感染をできるだけ小さい段階で発見すること、そして集団感染が起こってしまった時に適切に対処できるよう準備をしておくことだと思います。
1.感染の持ち込みリスクを最小化する
感染を持ち込むのは、施設の職員か訪問者、外出した入居者のいずれかです。
施設職員や、定期的に施設を訪問する医療専門職については、それぞれが日常生活や日々の診療の中で感染しないよう十分に留意する必要があります。
感染予防のためにやるべきことは明確ですから、それをきちんと実践していくこと。一緒に暮らす家族にもそれを実践してもらう必要があります。
家族などの訪問については、3月ころから厳しく制限しているところが多いと思います。流行状況によっては、面会可能な条件や環境を明示して、交流を再開することも検討すべきと思いますが、活動制限地域においては当面はオンラインなどの対応を中心に検討していただいたほうがよいかもしれません。
入居者の外出については、三密を避け、少人数で外を散歩するなどは感染防御の観点からは問題ないはずです。ただし、定期通院などはなるべく控え、長期処方や電話再診、一時的に在宅医療に移行するなどの対応を検討すべきと思います。
デイサービスなどの外部からの付帯サービス利用者と入居者、関わる職員の動線を可能な範囲で、なるべく交わらないようにすることも重要だと思います。
感染者であっても発症前(潜伏期間中)は無症状であること、発症前であっても感染力があることに留意し、特に介護職員や訪問者は、これまで指摘されている通り、「自分が感染しているかもしれない」という前提で関わることが重要です。
2.集団感染をできるだけ小さい段階で発見する
外部から持ち込まれたウイルスがひとたび、入居者に感染すると、誰かが発症するまで感染は拡がり続けます。職員が「自分が感染しているかもしれない」という前提で関わることができても、入居者同士が常に社会的距離を取り続けることは難しいですし、例えば認知機能の低下した高齢者に、顔を触る前に手を洗うこと、マスクを装着することなどをお願いするのは容易ではないことはよく承知しています。
また、高齢者の発症を早期発見するのも難しいかもしれません。高齢者の中には症状を上手に訴えることができない人もいます。新型コロナに限らず、誤嚥性肺炎などの発熱性疾患でも、高熱が出ないことも少なくないですし、日頃から微熱をくりかえしている人もいます。どのレベルで新型コロナを疑うのか、非常に悩ましいケースが多いと思います。
悩んだら在宅医(または嘱託医)にすぐに相談し、他の入居者や職員の体調や接触歴について確認します。地域の感染拡大状況に応じて判断のレベルは当然変わりますが、新型コロナ以外の発熱性疾患であると診断できない場合には、PCR検査の実施を検討すべきだと思います。
医療介護専門職や高齢者施設の入居者に対しては、症状がある場合には迅速に、そして症状がない場合においても(感染拡大状況によっては)定期的なスクリーニング検査が感染拡大のリスクを25~33%下げるという報告があります。
もちろんPCR検査の感度には限界がありますので、陰性だから大丈夫、というわけにはいきませんが、検査の実施によってより早い段階で感染者を探知できる可能性が高まることから、第二波以降に備え、それぞれの地域でPCR検査の実施体制の強化(できれば唾液などの負担の少ない採取検体で可能なように)を進めるべきだと思います。
3.集団感染に適切に対応する
日本でのいくつかの介護施設でのアウトブレイクでの対応時の課題、海外のガイドライン等を概観すると、具体的にやるべきことは以下の4点に集約されるように思います。
日頃から「感染対策委員会」を機能させておくことが大切だと思います。
感染予防と制御のための計画を作成し、以下の②~④に戦略的に取り組みます。嘱託医・連携医が感染管理に関する能力に乏しければ、感染管理に対応できる医師(ICDなど)や認定看護師(ICN)と事前に連携し、計画立案から関わってもらい、何かあったときにすぐに相談できる体制にしておきます。
②感染予防と制御のための研修とシミュレーション
介護職の多くは感染予防と制御に関する必要十分な知識とスキルを有していません。たとえ個人防御具があったとしても。、適切に選択・着脱できなければ感染を防ぐことはできません。またゾーニングやコホーティングに対する理解も必須となります。
医療介護専門職に対する研修プログラムが必要です。現在、WHOやCDCが作成したプログラムが一部日本語訳されています。各職能団体や業界団体が作成に取り組んでいますが、統合して進めたほうが合理的な気がします。
③集団感染が発生したときの人員確保体制の確立
施設内で感染が確認された場合でも業務を継続できる職員を確認しておきます。特に高齢や持病のある職員は前線の業務からは外すべきかもしれません。複数事業所を抱える法人であれば、法人間で融通できるか確認しておきます。それが難しい状況に備え、地域内あるいは地域を超えた相互支援のネットワークづくりにあらかじめ取り組むことも重要だと思います。
自治体によっては、医療介護連携支援事業などがきちんと機能しているところもあります。それらの枠組みも活用しながら、地域内での相互支援の仕組みづくりに取り組むべきです。介護施設のみならず在宅系事業所や病院、行政も含め、日頃から課題意識を共有し、スムースな職員の共有が可能な関係性を構築しておくことが重要だと思います。
④感染防御資材の確保
感染拡大期には入手が困難になります。そうでない時期に十分量を確保しておくように意識しましょう。全職員が必要な感染防御をするという前提で、最低でも2か月分の備蓄は持っておくべきだと思います。
資材が不足した時には、通常、自治体や保健所から支援が得られることが多いと思いますが、相互に融通し合える関係性を地域内・地域間で複数作っておくことも重要だと思います。
今のうちに第二波以降に備えよう
実はこれらは全く目新しいことではありません。厚労省「高齢者介護施設における感染対策マニュアル」の内容そのものです。これを形骸化せずにきちんと実践することが大切だと思います。
例えば、ここには結核が出た場合にはN95が必要だと明記されていますが、結核の入居者が現れる可能性に対して備えている施設はどの程度あるのでしょうか。「感染者は施設では看られない」という前提は、感染拡大時には、少なくとも一定期間の間は許容されない可能性があるということを認識しておくべきだと思います。
日頃から1000枚を超えるN95を備蓄している施設がある一方で、サージカルマスクすらも2週間で枯渇したという不足したという施設もあります。日頃から危機管理意識が求められると思います。
新型コロナの第一波はいま過ぎ去りつつあります。
しかし、第二波は必ずやってきます。第一波では、日本は幸いなことに恐れていた医療崩壊などのカタストロフィを経験せずに済みました。自粛要請などやりすぎだったのではと感じている人もいるでしょう。しかし、感染拡大の抑制は第二波のほうが難しくなるかもしれません。そして、それまでに変異を重ねた新型コロナはさらに感染力や毒性を増しているかもしれません。100年前のスペイン風邪は、第二波によりもっとも多くの人が亡くなっています。稼いだ時間を無駄にせず、しっかりと備えておきたいと思います。
新型コロナの高齢者施設におけるガイドラインを和訳したものが下記から利用可能です。