新規感染者の増加が止まらない東京
東京の新型コロナ新規感染者の増加が止まらない。
本日2020年7月23日、新規感染者数は366人。20~30代の若者が6割を占めるが、少なくとも感染拡大の前線はもはや「夜の街」ではない。職場や会食など感染経路は拡大、40代、50代と幅広い世代に広がりつつある。
そして、その火の粉は高齢者ケアの現場にも飛んできている。15のクリニックで5000人の在宅高齢者の生命と生活を預かる私たち医療法人社団悠翔会。「第一波」では、疑わしいケースはあったものの、最終的には入院中の患者の院内感染が2ケース発生しただけだった。しかし現在、複数の担当地域で介護施設クラスターが発生、療養支援している患者さんの中にも陽性者や濃厚接触者が出始めている。
メディアの報道や人々の行動を見ると、新型コロナ感染拡大に対する警戒感は明らかに緩んでいる。しかし、高齢者ケアの現場は緊迫感を増しつつある。
PCR検査では問題は解決しない
「第一波」ではPCR検査の提供体制が整っていないことが最大の課題とされた。その後、医師会の取り組みなどもあり、検査能力は日々拡充されている。検査件数が増えているから、感染者の数(感染していることがわかる人の数)も増えているのだ、という意見もある。それはその通りだと思う。しかし、いまだに一部に根強く聞かれる「PCR検査体制の拡充が、感染拡大抑止の切り札だ」という意見には全く賛成できない。
メディアの報道を見ても、人々の行動を見ても、PCR検査「陰性」を免罪符のように考えているフシは明らかにある。PCR検査の感度は、良好な条件であったとしてもせいぜい80%程度とされる。検体採取の状況やタイミングによっては50%を下回ることもある。検査の結果が陰性=感染していない、ということではない、と専門家もメディアなどで何度も説明してきたはずだが、いまだに「陰性だったら安心!」と思ってしまう人が多そうだ。
改めて新型コロナの感染後の経過と感染力・検査の陽性率の関係を確認してみたい。
新型コロナは、感染してもすぐに症状は出ない。潜伏期間=発症する(症状が出る)までの期間は4日から13日、平均で5日程度とされている。症状が出て、新型コロナかもしれない、と疑われるとPCR検査が実施される。このPCR検査の感度は、感染から8日で最大になるといわれている(それでも感染者のうち20%は陰性になる)。発症まで平均で5日なので、発症してから3日目くらいでもっとも感度が高くなるということになる。ここでPCR検査が陽性になると、感染を拡大させないために隔離されることになる。隔離の期間は10日間。一般に発症から6日で感染力が失われるとされているので、診断から10日もあれば隔離期間としては十分だ。しかし、世の中的には、診断されてから10日「しか」たっていない人が社会の戻ってくることに対して拒否感が強い。結果として「念のために1か月休んでください」などと言われるケースも少なくない。
実は、新型コロナの感染力が最大になるのは、症状出現の前日だ。発症前から感染力が強いのが新型コロナの特徴の1つだ。しかしPCR検査の感度のピークは、感染力のピークを越えたところにある。感染力がもっとも強い状態の人はまだ無症状。感染に気付くことなく自由に行動している。症状が出現し、診断されたときには、すでに感染力が弱まってきているのだが、そこから入院管理が行われる。
つまり、一番感染力の強いタイミングで感染者が放置され、感染力が失効しつつあるタイミングで長期間の厳格な隔離にこだわる。これが日本のコロナ対応の実情だ。
大切なのは「感染しないこと」ではなく「感染させないこと」
もちろん、症状が出ていないのだから診断につなぎようもないし、診断ができなければ「放置」になってしまうのは仕方がない。だからこそ、一人ひとりが、もしかしたら自分は感染しているかもしれない、だから周囲に「感染させない」という気持ちで生活をすることが、より大切になるのだと思う。どこかで知らず知らずに感染しても、感染から診断までの数日間、誰にも感染させなければ、感染拡大は防ぐことができる。
新型コロナ感染から100%身を守ることはできない。どこの誰が感染しているのかわからない。どこにウイルスがついているかわからない。日常生活の中で人との接触をゼロにすることはできないし、マスクをしても、こまめに手洗いをしても、絶対に「感染しないこと」は難しい。
しかし「感染させないこと」は「感染しないこと」よりも難しくない。もしあなたが新型コロナに感染していたとしたら、ウイルスはあなたの鼻か口から拡散する。家を出たら、他の人と距離を確保することができない場所ではマスクをする。鼻や口を直接触らない。閉鎖空間では大きな声で話をしない。ちょっとした気遣いで、あなたから周囲に感染を拡げる可能性を大きく下げることができるはずだ。
電車で咳をしている人、マスクをせずに街を歩いている人を見ると、ついそちらを注視してしまう。なんだかギスギスした空気が漂っている。自分に感染させたら許さないぞ、だれもがそんな威圧感をそれとなく放っている。しかし、どんなに周囲を威嚇したとしても、感染を完全に避けることはできない。
発想を変えよう。「感染しないこと」ではなく、「感染させないこと」を意識しよう。身を守るためではなく、周りの人たちを守るために、マスクと手洗いをしよう。誰もがお互いに「感染させないこと」を意識すれば、国民全員が「感染しないこと」に執着するよりも、ずっと安全で心地よく暮らせる社会になるのではないだろうか。
検査を適切に活用しよう。
感染者を特定し、隔離する。とても大切なことだ。「第一波」では、医師が必要と判断したケースでもPCR検査が実施できないケースが多かった。いま、必要に応じて検査が実施できる体制が整いつつある。これはコロナと向き合ううえで非常に重要なことだと思う。
一方で、新型コロナのPCR検査には、検査の感度や陽性適中率の問題がある(詳細はこちらを参照)。また、前述の通り、検査によって感染者を特定できたとしても、それ以前に感染を拡大させてしまっていることも少なくない。特に多数の高齢者が共同生活している介護施設などにおいては、一人目の発症者が出た時点で、すでに複数の入居者や職員に感染が拡がっていることが多い。高齢者施設の入居者や職員に対しては定期的なPCR検査が有用だとする研究報告もあるが、それでも検査の限界はあるし、身体的なストレスも検査のコストも膨大になる。
一方、症状がない段階で、早期診断できる可能性があるのが「濃厚接触者」だ。濃厚接触した相手と、同じタイミングで感染したのでなければ、より早いタイミングで、つまり感染力が強くなる前に気づくことができる。感染拡大を防げる可能性はかなり高くなる。
しかし発症前のタイミングでのPCR検査は、感染を検出できない可能性が高くなる。1回の検査で陰性だったからといって感染していないとは言い切れない。だから濃厚接触者は検査結果が陰性だったからといって安心というわけにはいかない。慎重に経過を見ながら必要に応じて再検査を行うか、あるいは検査結果によらず感染しているという前提で考える必要がある。確実な診断が難しいからこそ「濃厚接触者」であるとわかった時点で、感染者に準じて自主隔離をすることがとても大切だ。
最近、PCR検査以外にもさまざまな検査が出現している。代表的なものは「抗原検査」と「抗体検査」だが、この2つは似ているようで全く異なるものだ。抗原検査がPCR検査に準じて実施するものであるのに対し、「抗体検査」は感染の既往を調べる検査だ。この抗体検査に対する理解不足による感染拡大も相次いでいる。新宿の劇場では、舞台の主催者が体調不良の役者に対し「抗体検査」を実施し、その結果が陰性であったことから興行を続行、結果として800人もの濃厚接触者を発生させた。
その検査は何がわかるのか、その検査結果は何を意味しているのか、しっかりと判断しなければ検査をする意味が失われてしまう。最近は、医師の判断を挟むことなく検査キットを購入することもできるようだが「検査さえ陰性なら」という思考停止はむしろ危険ですらあると思う。
新型コロナとの共存はしばらく続く。
最適なかかわり方について、みんなで一緒に考える機会を持ちたい。
参考文献
Hao-Yuan Cheng, MD, MSc1;JAMA Intern Med. Published online May 1, 2020. doi:10.1001/jamainternmed.2020.2020
・Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19
Xi He, Eric H. Y. Lau, Nature Medicine volume 26, pages672–675 2020
・Interpreting Diagnostic Tests for SARS-CoV-2
Nandini Sethuraman, JAMA. 2020;323(22):2249-2251