5000人を超える在宅患者さんの療養生活を24時間体制で支援している医療法人社団悠翔会。
この年末年始には600件を超える緊急対応が発生しました。うち、救急搬送を選択したケースが36件ありました。果たしてこの判断は適切だったのでしょうか。防ぐことはできなかったのでしょうか。
年末年始期間中の救急搬送について検討してみました。
Summery
●年末年始期間中の救急搬送は36例。うち32例が入院となった。
●36例中、24例は電話にて救急要請指示、9例は往診にて救急受診を指示。
●36例中、15例(42%)は救急搬送・入院が回避できた可能性があった。
●救急搬送・入院が不可避と判断した21例はすべて医学的要因による。
●往診すれば救急搬送・入院が回避できた可能性があったのは4例。
●往診を待たずに救急搬送・入院を選択してもよかったのが7例。
●社会的要因による入院の選択は、居宅(15%)より施設(39%)に多い。
A. 救急搬送の発生件数と転帰
12月27日18:00~1月6日09:00までの11日間の間に発生した救急搬送は36例。搬送後に32名が入院となり、うち1名が上記期間内に入院中に亡くなられました。
B. 救急搬送に至るまで
36例の救急搬送のうち、33例は事前に電話での相談がありました。
9例(25.0%)については往診し、診察時の状況より病院受診が望ましいと判断、救急要請を行いました。24例(66.7%)は電話での状況から往診を待たず迅速に病院受診をすべきと判断し、電話にて救急要請を指示しました。
事前に電話での相談がなかった3例(8.3%)はいずれも施設入居者でした。施設の判断で救急要請が行われ、事後に報告を受けました。
C. 救急搬送・入院の回避可能性
36例の救急搬送のうち、21例(58.3%)は回避が不可能な状況でした。
15例(41.7%)については回避できた可能性があったと判断しました。
① 往診時に救急搬送の判断をした9例
うち7件がいずれも在宅では対応が困難な病態(脳梗塞・呼吸不全・重症肺炎・尿路結石・イレウス・骨折)で、救急搬送・入院が回避不可能でした。往診にて対応したことには感謝をいただきましたが、電話でより適切に状況判断できれば、より迅速に治療を開始できたかもしれません。
2例については往診にて介護者の不安を解消することができず入院を選択しました。
② 電話再診にて救急搬送の判断をした24例
うち13例については在宅での対応が困難な病態であると判断、救急搬送しました。担当医の診断は、脳梗塞、骨折、心不全、イレウスなど搬送先での診断とほぼ合致していました。
7例については在宅での対応が可能か、在宅での適切なケアの提供で発生を予防することが十分に可能であったと判断されるケースでした。また4例については往診にて対応していれば救急受診を避けられた可能性がありました(転倒による骨折の疑いなど)。
③ 電話での相談なく直接搬送された3例
うち2例は「施設のルール」によるものでした(転倒と発熱)。1例は意識障害によるもので、これは救急搬送・入院が不可避と考えられました。
D. 救急搬送の要因と回避可能性
救急搬送の要因を、医学的要因(在宅での治療や管理が困難な病態)、医療者側要因(在宅医の診断・治療スキルによるもの)、社会的要因(介護力や療養環境の限界、患者・家族の不安など)、患者側要因(服薬アドヒアランスなど)の4つのいずれかに分類しました。
※システム要因については、患者が24時間対応の在宅医療を利用できることを考慮し、この分類対象からは除外しました。
救急搬送が不可避であったと判断された21例はすべて医学的要因によるものでした。救急搬送の回避可能性があると判断された15例については医学的要因によるものはなく、医療者側要因(4例)と社会的要因(11例)によるものでした。純粋な患者側要因によるものはありませんでした。
④ 医学的要因による救急搬送21例
前述の通り、いずれも救急搬送が不可避であったと判断されました。
電話再診にて判断し迅速に救急搬送につなぐことができたのは13例、往診後に救急搬送が不可避であると判断したのが7例、患者判断で救急要請が行われたのが1例でした。
救急搬送が不可避なケースについては、より早く救急医療に接続することが望ましいですが、入院治療にもデメリット(入院関連機能障害など)があります。在宅にて対応できる可能性が考えられる場合には、まずは往診で対応するという選択もあってしかるべきです。
予想される緊急性、重症度、患者のニーズなどを総合的に考慮し、より的確な方針選択ができるよう、スキルを磨いていく必要がありそうです。
⑤ 医療者側要因による救急搬送4例
4例とも往診での判断を経ることなく救急搬送していました。転倒後の骨折の疑いが3例、呼吸困難感が1例でした。いずれも往診を実施していれば、救急搬送を避けることができた可能性があります。
電話にて十分に情報を収集した上で、緊急性が高くない場合には往診での対応をより積極的に考慮すべきであると考えます。
⑥ 社会的要因による救急搬送11例
いずれも救急搬送の回避可能性があったと判断しました。施設入居者の割合が多く(8例)、年末年始の期間中、不安定な状態の方を施設に置いておきたくないという明らかな施設側のニーズにより搬送を選択したケースが大部分でした。電話での相談なく直接搬送された2例についても施設の入居者で、本人・家族ではなく、施設の判断によるものでした。
往診を行った2例はいずれも発熱でした。在宅での治療が十分に可能であると考えられましたが、介護者の不安が強く、病院での治療が選択されました。
在宅医療の主たる使命は、安心して療養できる環境を作ることです。本人・家族のエンパワメントに加え、多職種連携によるケア力の確保は重要な課題です。社会的要因とは、この部分が十分にできていないということを示唆するものです。自分たち自身の課題であると認識し、改善のための工夫と努力を重ねていく必要があります。
特に、本人・家族よりも介護者(施設運営者)のニーズが優先される状況が存在していることについては、当事者と対話を重ねながら、共によりよい療養環境づくりに取り組んでいきたいと思います。
E. 救急搬送された患者の居住場所と回避可能性
救急搬送された患者のうち23例(63.9%)が施設入居者、13例(36.1%)が居宅患者でした。回避可能性についてみてみると、施設からの救急搬送の56.5%は回避可能と判断された一方、居宅からの救急搬送の回避可能性は15.4%で、大きな開きがありました。年末年始に不安定な入居者を抱えておきたくないという施設の意向を感じます。
この部分についても、前述の通り、施設の問題というのではなく、ともに施設療養を支えるパートナーとして、より強固な療養環境づくりに取り組んでいく必要があると考えます。
救急搬送に対する今後の方向性
●まずは日頃の医学管理をしっかりと。予防できる急変はしっかり予防する(一次予防)。また予測される変化にはあらかじめ備えておく。
●急変が生じた場合、まずは電話でしっかりと情報収集する。緊急性と重症度を考慮し、救急搬送を急ぐべきか、往診による状況判断をすべきか、患者のニーズを最優先に検討する。
●緊急性・重症度がともに高く、入院による治療が患者のニーズに合致する場合、救急搬送指示を躊躇しない。
●患者の状況に時間的猶予があり、往診による状況判断で入院が避けられる可能性がある場合、できるだけ迅速に往診で対応する。
●往診時およびその後の在宅医療での診断・治療の対応力を高める。
●急変時、自宅や施設で無理なく治療が継続できる閾値を高めるため、本人・家族・多職種との連携を日頃から深めておく。